家庭内暴力の実数を把握することはできませんが、その数を推察する、ひとつの手がかりとなるデータがあります。
左の図を見てください。
これは、私たちのところに相談にみえた親御さんの話をもとに、その内容に応じて若者の状態を分類してみたものです。
どの相談も、基本的には子供のニートやひきこもり状態についてのものですが、それでもこれを見ると、いかに家庭内暴力が多いかがわかるはずです。
まず大雑把に分けると、相談にいらっしゃるご家族のうち、親子の対話があるのは全体の3割ほどです。
対話というのは、「会話のキャッチボールができる」ということですから、本書に出てくるような、一方的に母親に愚痴をこぼしたり、怒鳴り散らしたりするようなものは含みません。
ただ、「3割の親子には対話がある」といっても、その大半は世間話程度のものです。
食事の内容やテレビ番組、今日の出来事といった、差し障りのない話題については話すけれど、子供の将来について真剣に話をしたり、子供が親に本当の悩みを打ち明けたりするような家庭は、全体の1割程度しかありません。
ほとんどの家庭では、子供の将来にまつわる「肝心な話」は、お互いに気にはなりつつも、避けているのが現状です。
それに対して、残りの7割の家庭では、ほとんど親子の対話がありません。
(「ニート・ひきこもりの若者の状態」の図、書籍17ページ)
子供が一方的に「うるさい!放っておいてくれ!」と叫んだり、愚痴をひたすら聞かされて「わかったな?」と迫られるような形での会話はあっても、本質的なコミュニケーションである「会話のキャッチボール」が親子の間に存在しない―そんな家庭が、全体の7割を占めています。
そんな「親子の対話がない」家庭のうち、半分近くが「完全無視」の状態です。
「完全無視」状態になると、親子は一つの屋根の下で暮らしながらも、接触はありません。
子供は、夜中に親が寝てから食事をとりにきたり、自分の部屋から出ても親とすれ違うと逃げたりします(反対に、子どもを見ると逃げ出す親もいます)。
何年も子供と親がろくに顔をあわせていない家庭さえあります。そんな家庭が、全体で見ると3割くらいある。
そして親子の対話がない若者のうち、「完全無視」以外の残りの半分近くが、なんらかの形で暴力をふるっています(「完全無視」状態になると、親子で距離をとっているため、暴力をふるうことはないからです)。
2割は家の壁や物を壊したりするだけですが、1割はその暴力が親に向かう。
私たちの経験に基づくと、ニートやひきこもりで相談にこられるご家族のうち、1割の若者は、親になんらかの暴力をふるっています。
いまは「完全無視」状態だけれど、「かつて暴力をふるっていたことがある」という若者まで含めると、暴力が親に向かう家庭は、全体の2割にのぼります。
もちろんこれは、あくまで私たちのところに相談に来られたご家庭での割合です。
この数字を、全国のニートの若者に単純に当てはめるのは、少し飛躍があるかもしれません。
ただ、みなさんの想像以上に家庭内暴力が激増しているのは、間違いのない事実です。
そして、家庭内暴力で悩んでいるほとんどの親御さんが、誰にも打ち明けず、じっと暴力を耐え忍んでいるのも、紛れもない事実です。
現在、ニートは、50万人とも100万人とも言われていますが、そこから推測すると、その2割、すなわち10~20万人の若者が、親になんらかの暴力をふるっている可能性は充分にあると、私は思っています。
「女の子が、親に暴力をふるうことはないのだろうか?」
そんな疑問も、すでに読者の中には浮かんでいるかもしれません。
たしかに、私たちのところへ家庭内暴力で相談に来られる家庭では、息子が暴力をふるっているケースが大半です。
「娘に暴力をふるわれていて・・・・・」
そんなケースは、たしかにそう多くはありません。
しかし、ちょうどこの原稿を書いている最中の2006年8月11日。
東京・町田市で、50歳の夫婦が21歳の長女の家庭内暴力に耐えかねて就寝中に刺殺する、という事件が起こっています。
娘の暴力があまりにもひどく、事件の前には、父親が頭を殴られて6針も縫う怪我をしていたといいます。
また9月7日には、半年ほど前に名古屋で起こった、同じく家庭内暴力の激しかった28歳の長女の首を絞めて殺害した両親に対して、懲役4年の地裁判決が下されました。
それを報じたテレビのニュース番組では、父親が密かに録音していたテープが流されました。
そこに記憶されていたのは、母と子の修羅場です。
母親の泣いて詫びる声の向こうで、絶叫する娘。
「てめえら、わかったか!これが私の要求だ!」
テープの音声が途絶えたあと、父親のコメントが流されました。
「この地獄から逃れるには、これしか方法がなかったんです・・・・・」
いずれにせよ、こうした事件が立て続けに起こっていることからもわかるように、女の子の家庭内暴力が存在しないわけでは決してありません。
家庭内暴力の構造に、男女差はない。
私たちのところに相談に来る家庭でいえば、「男女の比率は8対2」というのが現状です。
ひきこもりやニートの相談自体も、男女の比率は「8対2」ですから、それほど的外れな数字ではないでしょう。
ただその正確な実数は、やはりわかりません。
なぜなら女の子の家庭内暴力に関しては、次のことが言えるのではないかと思うからです。
女の子が家庭内暴力をふるっていることが世間に知られると、いまの日本社会では、「女のくせに乱暴だな」という目線がいつもつきまとってしまいます(男性なら、少なくともそんな言い方はされません)。
また、「周囲に知られれば、結婚相手がいなくなるのでは」と考える親御さんも数多くいます。
だから親御さんは、息子の場合以上に、娘に暴力をふるわれている事実を隠そうとします。
本当にどうにもならなくなるまでは、決して他人に打ち明けません。
それで、息子の場合以上に、表沙汰にはならない。
少なくとも、いま表に出ているより、ずっと多くの女の子による家庭内暴力が存在するのは間違いない、と私は思っています。
「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」二神能基著 2007年1月26日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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