無料相談
受付中
引きこもり支援電話047-307-3676

ニート・引きこもりから「50%の自立」でいい

前回>>

ただの人として、楽しく生きる 

なかなか「働けない」ニートの若者に対して、私は

「ただの人として、楽しく生きればいいんだ」

という言葉をよく投げかけます。

楽しく生きればいい

日本の社会は、良くも悪くも、目的なき上昇志向がまだまだ強い。

経済面では右肩上がりの経済成長幻想が根強くありますし、学校教育も家庭教育でも、少しでもいい成績や、少しでももレベルの高い学校、あるいは企業というベクトルがまだまだ強い。

そういう上昇傾向をまず否定するために、

「ただの人として、楽しく生きればいいんだ」

私は彼らにそのように言うわけです。

「自立なんかする必要はない」
「他人ともたれ合って生きろ」
「人生に目的なんか必要ない。ただの人として楽しく生きろ」

そう執拗に繰り返すことで、若者の硬直した考え方を揉みほぐそうとします。


私の所に来るニートの若者は、親の世代にくらべれば、もともと目的なき情報思考は比較的少ない。

しかし、自分の未来をつくっていく道筋が見えないから、ニートになってしまうのです。
もちろん、私たちの寮に入ったからといって、急にその未来への道筋が見えるようになるわけではありません。

それでも、自分の部屋に閉じこもっている状況から脱し、同じ寮生たちと協力しあったり、さまざまな仕事体験を積むことで、未来に向かって動いている自分を実感できると、俄然、彼らは生き生きしはじめるのです。

ただ、学校や会社で挫折している分、彼らには「普通の人へのハードル」が一般の人が思っている以上に高いのが実情です。
まず、多くのニートの若者は、自分が同じ年代の若者の「平均」よりもかなり劣っていると思っています。

しかも、そもそも「平均」の基準というのが、親の世代が持っている価値観の延長線上にあるため、かなり高いのです。
年収1000万円の会社員で、東京郊外に一戸建てを買い、子ども二人が大学卒業するまで面倒をみることが「平均」だったりするのです。

ニートの若者にとっては、「ただの人」になるのもかなり大変なわけです。

引きこもり

だから今度は、「ただの人」のハードルを、もっと下げてやる必要が生まれました。

そこで、

「50パーセントの親からの自立と、50パーセントの親へのパラサイトでいいんだ」

私はそう言いだしたわけです。


その具体例をひとつ紹介します。
29歳の良美さんは、短大卒業後に、銀行に就職しました。

公務員の家庭に育ち、幼い頃から何事もきちっとやらなくてはいけないとしつけられたようです。
そのため、何事にも100パーセントをめざしてしまい、人一倍慎重になり、行動がどうしても遅くなってしまうのです。

優秀なのですが、周囲より仕事が遅いことで、同僚の女性たちから次第に無視されるようになりました。

本人もそんな職場環境に耐え切れずに、わずか一年で退職してしまったようです。
そのショックから自分を責め、自宅と近所の図書館を往復するだけの生活を送るようになりました。

そんな生活を三年間ほど続けたある日、新聞でニュースタート事務局の記事を読んで、自分から入寮を問い合わせてきたのです。

ちょうどその頃、高齢者を対象にしたデイ・サービス事業の立ち上げを見据えて、ホームヘルパー養成講座を設立しようとしていた時期でした。

そこで彼女には、寮生活をしながら、その準備スタッフとして活動してもらうことになりました。
すると、彼女のゆったりした雰囲気が実にお年寄りから評判がよかったのです。

たしかに動きはスローだけど、周囲の人をほんわかさせるムードを彼女は持っていました。
まさに先ほどにも書きましたように、そこでは彼女の「スローさ」は才能だったのです。

介護でも託児所でも、テキパキ働ける人と同様に、良美さんみたいに周囲をほんわかさせる人が絶対に必要です。
彼女はそのスローな実力を、いかんなく発揮してくれました。

現在はニュースタートを卒業して、実家で暮らしながら病院事務の仕事をしています。
実はその良美さんと、ニュースタートの元寮生が仲良くなり、彼女は妊娠しました。

元寮生も介護ヘルパー二級の資格を持っているので、彼もニュースタートのデイ・サービスで見習いとして働きはじめました。

最近、二人で私のところに相談にきましたが、私は「どうしようもなかったら、うちの子育て長屋(複数の家族が子育てを共同で行うプロジェクト)へ来れば、当座の仕事と生活はなんとかなるから安心しなさい」と伝えました。

現在は二人とも実家暮らしでパラサイト・シングルです。
子どもが生まれれば、パラサイト・ダブルになります。

ただ、当座はそれぞれの親御さんの支えと、ニュースタートの支えがあればなんとか暮らしていけるでしょう。

これも、ひとつの「50パーセントの親からの自立と、50パーセントの親へのパラサイト」モデルだと思います。

自立

話を元に戻します。

長い間引きこもっていたり、他人との人間関係が苦手で働けないと思い込んでいるニートの若者たちは、えてして社会で働いている人たちは、自分とくらべてすごく能力が高いのではないかという「幻想」を持っています。

私たちはその「幻想」をまずは壊してやる必要があるわけです。
ニートの若者たちは、家に引きこもっていて世間と接触していないから、すごく純粋で、「すれて」いない。

人間関係を築いたり、組織に適応していくような社会力は、言い換えれば「すれる」ということですから。
だから講演会で、私は少し冗談っぽく

「引きこもりやニートの若者たちは純粋すぎるので、少々堕落したぐらいのほうが社会に出ていきやすいですよ」
「成長なんかする必要はありません。むしろ必要なのは少し堕落することです」

などと言うことがあります。

他人が聞くと少しびっくりするような逆説的な表現が、私はけっこう好きです。
講演会などで三〇分や一時間くらい話す場合でも、こういう表現を使うと、それまで眠たそうにしていた人も、「えっ?」と目を覚ます場合が多い。

しかし、冗談めかしてはいますが、私は本気でそう思っています。
それに「糊しろのない生真面目さ」を揉みほぐすには、それぐらい刺激的な言い方が必要なのです。

親子でいろいろ真面目に勉強して、ニートや引きこもりという現実を乗り越えなければ――

親子二人でそう思ったとすれば、それは実にしんどいことです。

むしろ、いい加減に生きているただのおじさんや若者と交流して、「なんだ、この程度でも社会人としてやっていけるのか」ということを知ってほしいのです。
少し肩の力を抜いたほうが社会に出ていきやすい――

そのことをニートの若者たちにはわかってもらいたいのです。

>>次回

「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より


このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。