引きこもり――家庭内暴力の実態

母親の頭を二度、丸坊主にした若者 

「俺がニートになっているのは、頭の形が悪いせいだ」 

30歳の誕生日を終えたばかりのある日のこと。
12年間ひきこもっていた直樹君は、そう言ってバリカンを手に持ったそうです。 

「俺の頭の形が悪いのは、遺伝のせいだ。お前の頭も同じかどうか、確かめてやる」 

直樹君はそう言うと、母親を無理矢理イスに座らせました。
そして、手に持ったバリカンで、母親の頭を丸坊主にしてしまったのです。 

母親は、黙って涙を流しながら、されるがままになっていました。
これまでの経験から、抵抗すれば、もっと激しく殴られることがわかっていたからです。 

頭を蹴り飛ばす、顔を殴ってあごの関節をはずす、ろっ骨が折れるほど体を殴る・・・・・。
この12年間、彼は母親に暴力をふるい続けてきました。
学校にも行けず、仕事にもつけないという苛立ちを、彼は暴力という形で母親にぶつけてきたのです。 

彼が頭の形にこだわったのには、理由があったといいます。
直樹君はかつて、中学校や専門学校の同級生から、「頭の形が悪い、変だ」とからかわれ、いじめられたようです。 

そのことがずっと心の奥底にあったのでしょう。
何もかもうまくいかずにひきこもった時、彼はその原因を「いびつな頭の形」に求めた。
つまり、自分が行き詰っているのは頭の形が悪いせいだ、と考えたのです。 

いったんその考えに行き着くと、怒りの矛先は母親に向かいました。
赤ん坊の時、頭の形を整えるような寝かせ方をしなかった母親が悪い、すべての元凶は母親にある、と思うようになったのです。 

「俺がこうなったのは、お前がこんないびつな頭にしたからだ」 

彼が母親を丸坊主にしたのは、今回がはじめてではありませんでした。じつはその1年前、彼の29歳の誕生日にも、同じように母親をバリカンで丸坊主にしているのです。 

頭を丸坊主にされ、呆然としている母親に向かって、この日直樹君は、追い打ちをかけるような言葉を投げつけました。 

「お前なんか死ね、死ね」 

その言葉に、母親の中の何かが切れました。 

「あなた、もう生きていけない。私、もう頑張れない」 

その一言を父親に残すと、母親はそのまま家を出て、崖(がけ)から海に身を投げました。 

家庭内暴力という「危ないマグマ」 

このご夫婦が、そろって北陸のほうから、私のところに相談に来られたのは、いまから2年前のことです。 

あとでわかったことですが、相談にいらしたのは、母親が自殺をはかってから2年が過ぎようとしていた頃でした。
幸い、海に身を投げたものの一命をとりとめた母親は、それ以来入院を続け、この時は入院先の病院を抜け出してきたようです。 

一目でその人柄がわかるくらい、二人はとてもご温厚なご夫婦でした。
二人とも学校を定年退職した元教師。お父さんもお母さんも、じつに穏やかで優しそうな方です。 

相談は、31歳になる息子、直樹君のことでした。 

「親にできることは、もう何もありません」 

ひと通り状況を説明したあと、お母さんはそのように言われました。
自殺未遂のあと、ようやくそのことに気づいたようです。 

もう、自分たちではどうすることもできない。どこかに、息子を立ち直らせてくれる場所はないだろうか。
そう思って必死に探した結果、知人の紹介で私たちのところへやって来たというのです。 

  

私が代表をつとめるNPO法人「ニュースタート事務局」は、ニートやひきこもりの若者たちの社会復帰を支援している団体です。 

何年も家から一歩も出たことがないという若者たちと、時間をかけてコミュニケーションをとり、彼らに自分たちの足で再出発(ニュースタート)してもらう、その手助けをしています。活動を始めて、はや13年。
子供のことで困り果てて相談に来られる親御さんは、年間200組を超えています。 

私たちは、家庭内暴力を専門に扱っている団体ではありません。
あくまで、ニートやひきこもりなど、目標を失った若者たちを支援する団体です。 

にもかかわらず、ここ2~3年、このような家庭内暴力の相談がじつに多いのです。 

もちろん、最初からそんな話にはなりません。 

「うちの子がニートで、もう3年もひきこもっているんですけど・・・・・」 

多くの場合、最初はそんな感じで相談は始まります。しかし、詳しく話を聞くうちに、 

「じつは暴力もふるわれていて・・・・・」 

という話が、ふいに出てくる。ここ数年、そんなケースが非常に増えているのです。 

そうしてニートやひきこもりについての相談を受ける日々を重ねながら、そこにある、家庭内暴力という「危ないマグマ」を、私はずっと感じつづけてきたのです。 


「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」二神能基著 2007年1月26日刊行 より

このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。

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執筆者 : 二神 能基(ふたがみ のうき)

二神能基

認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。

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