近頃は教育でも社会でも、わかりやすさや透明性ばかりをよしとする傾向があります。
マスコミが喜んで使う「勝ち組」「負け組」なんていう貧相な言葉がその象徴です。
そもそも人生なんて勝ったり負けたりの延々たる反復のはず。また、そういう人生だからこそ面白みがあり、滋味がある。
「勝ち組」「負け組」というのは、そういう人間の糊しろをまるで認めていない、なんとも陳腐な言葉です。
私は有吉先生からそんな難解な言葉を与えられたことに、いまでもとても感謝しています。
あの17歳の生真面目でどこか生き急いでいた若造には、その後の人生でことあるごとに思い出して、あれこれと考えてみる言葉を持てたことは、とても幸運だったと思うからです。
うまく言葉にする自信はないのですが、あの言葉の意味をふと考えようとするときの私というのは、自分の中でとても良質な部分を働かせようとしていたような気がします。
そのせいか、わかりやすさばかりをよしとする近頃の教育や社会の在り方が、どうも薄っぺらなものに思えて仕方がないのです。
そんな懐の深い大人との出会いは、何物にもかえがたい私の財産です。
もしかしたら、私がニートや引きこもりの若者を支援するNPOを運営しているのも、そういう魅力的な大人との出会いが、大きく影響しているのかもしれません。
そう思うとき、子どもがニートになったときの、学校や会社、あるいは家庭の「大人たち」の対応の狭さやその奥行きのなさが、ことさら際立って見えてしまうのです。
ニートへの対応や報道を見ていても、社会の力や大人の力がずいぶん落ちてしまったなあと、そう思わざるをえません。
この章の最後に、あらためてニート問題の本質に触れておきます。
いまさら言っても仕方ないことかもしれませんし、私一人がどうこうできる問題でもないのですが、やはり、バブル経済が崩壊したあと、あそこで社会を切り替えるべきだったのではないか――そんな思いを私は強く抱いています。
終わりなき経済成長神話からいったん降りて、いまのように働く人を交換可能なパーツとして見るのではなくて、もっと人間的で一人ひとりを尊重する価値観を持った社会へと転換する必要があったと思うのです。
せっかく、経済が破綻して最初から出直すチャンスだったにもかかわらず、私たちの社会はふたたび右肩上がりの経済成長路線を進もうとしました。その結果、「勝ち組」「負け組」といった非常に陳腐な言葉が飛び交うような貧しい社会になってしまったのです。
そういう貧しい視点で見れば、ニートは「負け組」です。
彼ら自身も自分は落伍者だと思っています。
経済至上主義の大人たちも、ニートが経済成長率を何パーセント引き下げた、なんていう尺度で語ってしまう。
しかし儲けた人間が、一番偉いという価値観だから、そうなるだけです。
それは違うんだと、むしろいま、良識ある大人たちがきちんと発言すべきです。
会社組織の維持のためには社会的不正さえいとわない大人たちに対するアンチテーゼを、彼ら自身は無自覚だけど、ニートという存在は体現している――私はそう考えています。
そこを、大人たちがきちんとプラスにとらえてやるべきです。
むしろ、ニートが生きやすい、もっと人間に優しい社会にする――本来は、そういう観点から論じられなければいけない社会問題のはずです。断じて、「ニート問題=怠惰で親に甘えた若者たち個人の問題」ではないのです。
とはいえ、資本主義の社会ですから、深夜残業もいとわず、家族も顧みず、週末返上で働いて年収1000万円、2000万円をめざす人は、それはそれでがんばればいい。
その一方で、残業はほどほどで切り上げ、週末もしっかり休んで、もっと自分の時間を大切にする年収500万円、300万円の暮らし方や生き方も確立され、同じように尊重されるべきです。
年収1000万円の人生だけが「勝ち組」として賞賛されて、年収500万円、300万円の人生が「負け組」として馬鹿にされる――そんな心貧しい社会に私はしたくありません。
ニートを更生させようという視点ではなくて、まずニートの存在を認めたうえで、むしろニートが生きやすい社会へ組み替えていく。
いや、ニートだけでなく、結婚や出産をした女性や、リストラされたサラリーマンが、何の引け目もなくふたたび働きはじめる社会こそ、少子高齢化社会のあるべき姿だと私は考えています。
あとでくわしく書きますが、私はそんなもうひとつの社会を自ら手づくりするつもりです。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
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認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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