次に、七年間の引きこもりの末にニュースタートにやってきた、25歳の修司君の話をしたいと思います。
その前に、ニュースタート事務局がニート支援をする際に設けているそのシステムについて、簡単に説明しておきます。
まず親御さんからの要請を受け、何もせずに家や下宿などにいる状態が長期化している若者たちを、ニュースタート事務局のスタッフが訪問して交流します。
そして若者たちにニュースタートが運営する寮へ入ることをすすめます。
もちろん、親御さんからの依頼が大半ですから、当初、引きこもりやニートの若者本人はスタッフの訪問を拒みます。
しかし、心のどこかでは同年代の友だちを求めていて、たいてい三カ月もすれば訪問スタッフも若者と会えるようになります。
引きこもりやニートの場合、他人とのコミュニケーションや共同作業を行うことが苦手になっていることが多い。
それでは、アルバイトも長続きしません。そのため、まず寮での共同生活に慣れながら、人と話したり、気の合う友だちとの人間関係づくりを体験してもらったりします。
ここまでが引きこもり対応です。
次に入寮三カ月後をめどに、本人の希望をもとにさまざまな「仕事体験」をしてもらって、それぞれの職業適性を探ってもらう、ここからがニート対応の部分です。
その体験先はさまざまで、ニュースタートが運営する喫茶店や食堂、デイ・サービスや託児所であったり、あるいは外部の飲食店や知的障害者施設、ホスピスや海外(韓国・フィリピン・イタリア・オーストラリア)の寮の場合もあります。
仕事を見つけて退寮してもらうまでのめどは、だいたい一年三カ月ぐらいです。
ニュースタートは年間200組の親御さんと面談し、200人近くのニートの若者たちを訪問スタッフが訪ねて交流し、そのうち100人近くの若者を寮生という形でお預かりしています。
今年でNPO法人としての活動も六年目に入り、300人近くの若者が卒業生として巣立っていきました。
私たちのところでやっている「仕事体験」は、一人三つの仕事を並行して行うのが原則です。
しかし、これから紹介する25歳の修司君は、ニュースタートが運営する「マンマ」という家庭料理店でしか働きたがりませんでした。
修司君はとても真面目な男の子で、「マンマ」で若者たちを指導してもらっている先生には、とても重宝がられていました。
もう黙々と大根やニンジンを切る作業をやらせると、誰にも負けない。
味付けとか盛り付けを楽しんでやるのではなく、顔色ひとつ変えずにただひたすら下準備をこなすのです。
「ほかの仕事体験もしなさい」といくら言っても、彼は断固として「マンマ」でしか働きたがりません。
人間関係もそこで働く人間と少し話す程度でした。
それでは、いろんな人と対話しながら、共同作業をすすめていくという社会力は身につきません。
そこで、残念ながらニュースタートの方針を親御さんにも説明し、修司君には退寮してもらいました。
彼がニュースタートにいたのは一年半ぐらい。
その間、私は彼の笑った顔を一度も見たことがありませんでした。
その後、うちの食堂「マンマ」での料理の経験を活かして、ある外食チェーン店に採用されました。
お母さんの話ですと、仕事は真面目にコツコツやるので、正社員にならないかと誘われたようです。
すると修司君は即座に、
「正社員は転勤があるからお断りします」
と返事をしたらしいのです。
新しい職場でようやく人間関係らしきものができたのに、転勤でほかの店に移れば、またゼロから人間関係をつくり直さなければいけない。
どうやら、それが彼には一番の重荷だったようです。
つまり、彼が断固として「マンマ」以外で働きたがらなかったのも、そういうことだったのかと、私もそのときはじめて理解できました。
ただ、同時に考えさせられるのは、社会力もなくて、一日中黙々と大根を切っているような人間を雇う会社や飲食店が増えているという現実です。
働き手ではなく、そういう「パーツ労働力」を求める社会が、確実に広がってきていて、修司君がそこにピッタリおさまってしまった――
私にはそう思えて仕方がありません。
そういう形で彼らが社会に通用してしまう現実が、私にはとても悔しいのです。
「パーツ労働力」でいい。ひたすらニンジンを刻んでくれることに対して、時給いくら払います――
そういう形で雇用主に好都合な、低賃金で正確な労働力として若者たちが求められてしまう。
そんなふうに若者の労働を解体する社会の動きが、残念ながら確実に起きているのです。
そんな安価な「パーツ労働力」として、修司君が社会に出ていくことを、私は「卒業」だと認めたくはありません。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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