引きこもり・ニートは日本社会の働かせ方の問題

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仕事をする意味を考えはじめた世代

仕事をする意味――ニートの増加が本質的に提議している論点のひとつに、私はそれがあると考えています。

私の世代は、高度経済成長を支えると同時に、さまざまな物欲を充足させてきました。
外国車やマイホームを手にするために、それなりの懸命さで仕事もしてきました。
ただ、順番としてはまず物欲ありきで、仕事の意味や働くことの意義みたいのものをどこか軽視してきた部分があります。

興味深いことに、その子どもたちの世代は、そういう物欲中心の親に大学まで進学させてもらって感謝している反面、「まず物欲ありき」という親の生き方に批判的でもあります。

第1章でも書きましたが、ニートの若者たちは、親の物欲を心の中で冷笑していたり、「モノより根性が欲しい」と真顔で言ったりします。

家庭をまるで顧みずに企業戦士でしかなかった父親が、そのご褒美として手に入れた自慢の高級外車を、心の中でせせら笑っていたりする。
父親としてはそれしか誇るものがないのに、子どもに冷笑されてしまうと、立つ瀬がありません。

物質的に豊かな時代に育ったいまの若者に、自分たちと同じ物欲優先時代の価値観を父親がいくら語っても、彼ら若者には当然届きません。
彼らには、仕事に付随するプラスアルファが必要なのです。

前に紹介した30歳の康成君はホテルを辞めて、

「8割は自分の生活のために働いていますが、残り2割は社会の役に立っている、そんな意識があります。
社会の役に立っているという2割の実感がないと、ぼくは残りの8割も支えられません」

そう言って、いまはデイ・サービス施設で元気に働いています。

この言葉は、彼らが「働く意味を考えている」ということを端的に物語ってくれているのではないでしょうか。

もちろん、全員がそこまで仕事の意味を求めているとは言いません。
しかし、ニュースタートを卒業して社会で働いている若者の中には、自分が働くことの意味とか、やりたいことを仕事にする面白さをモチベーションにしている若者が圧倒的に多い。
生き方に迷って、同級生たちより少し人生を寄り道した分だけ、仕事に対して自分が求めるものが明確なのです。

たとえばニュースタートの仕事をするにしても、そこにどんな意味があるのかまで、スタッフが噛んでふくめるように説明しないと、なかなか納得して動こうとしない傾向があります。

反対に、この仕事はどういう意味を持っているのか、自分がいるニュースタートという集団は何をめざしているのか――そこがきちんと自分で納得できれば、けっこう真面目に働いてくれます。
そうでないと、一方的に仕事をやらされていると感じてしまい、なかなか動いてくれない。

いま紹介した康成君も、私のところにやって来た当初、

「二神さん、ぼくもせっかく引きこもったんですから、引きこもった甲斐のある仕事をしたいと思います」

そう話していたことをいまあらためて思い出します。

少子化、晩婚化、パラサイト族、ニート

そもそも、バブル崩壊以降の日本社会の在りようが、ニート問題をはじめとするあらゆる問題の背景にある――私にはそう思えて仕方ありません。

長い不況を乗り切るために、多くの企業が社員を大量にリストラし、弱肉強食路線へと大きく舵を切りました。
職場全体を効率優先へと一気に転換して、正社員から契約社員、あるいは派遣社員への切り替えも急速に進めました。

社員の数が減るわけですから、社員一人あたりの仕事量はどうしても増えてしまいます。
そのため、残業が増えて帰宅時間が遅くなり、家庭の子育ては、ますますお母さんと子どもがマンツーマンで向き合う「カプセル育児」になってしまいます。

一方で、女性社員も、退職したら再就職が難しくなるからと、楽しくなくても仕事は仕事として続ける。
それで経済力がある分、妥協した結婚はしたくないと婚期が遅れ、両親へのパラサイト期間も当然長くなります。
子どもだってなかなか産まない。

以上のようなひとつの大きな流れが、いまの社会にはあるように思えます。

もちろん、それ以外の社会構造や意識変化なども、密接に絡んでいるのでしょう。
ただ、私が言いたいのは、晩婚化とパラサイト化、少子化はけっして個別の現象ではなく、相互に関連しながらセットで進行している、ということです。

また、バブル崩壊以降、猛烈に働く父親の姿を子どもは見てきて、社会に出て働くのは夢を実現するためではなく、家族のためにひたすら耐え忍ぶことだ、としか思えなくなっています。
父親が楽しそうに仕事をしている姿なんて、ほとんど見たことがない。

また、自分が置かれている状況を見て、自分の進路を考えても、依然就職率も低く、なかなか就職できそうにもない。

そうなると、とりあえず学生時代の延長線上で、アルバイトでお小遣い程度は稼ぎながら、もう少しモラトリアム期間を続け、社会人として働くのを先延ばししようとしてしまうのは、ある意味仕方ないかなとも正直思います。
それで、なんとなく就職機会を回避してしまい、その結果、ニートになってしまうのです。

晩婚化、パラサイト化、少子化、そしてニート問題――それらは、どれも根っこでつながっていて、要するに日本社会の働かせ方、人生の楽しみ方の貧しさに起因する社会構造の問題だと私は考えているのです。

ところが行政はあいかわらず縦割り対応で、これはニート対応、あれは子育て支援とまったく個別に対症療法的に対応しようとしています。
これでは完全にモグラ叩きゲームで、まるで抜本的な解決にはほど遠いように私には思えるのです。

「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より

このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。

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執筆者 : 二神 能基(ふたがみ のうき)

二神能基

認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。

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