そしてもうひとつ、この問題を難しくしているのは、親に暴力をふるう若者は、私たちが想像するような「暴力的な子供」「札付きのワル」ではないということです。
実際に暴力をふるっている若者に会うと、驚くほどおとなしい子が多い。
先ほどの、母親を丸坊主にした直樹君にしても、真面目でおとなしく、内弁慶な性格のようです。
そもそもひきこもりになったきっかけが、生真面目で融通のきかない性格が専門学校の派手なクラスメイトとあわず、いじめの標的になったことにあるくらいです。
私たちニュースタート事務局の寮にも、かつて親に暴力をふるっていた若者が何人かいます。
しかし、事前に話を聞いていない限り、まず誰が暴力をふるっていた若者なのか、見当もつきません。
「えっ、あの子が? まさか・・・・・」という感じです。
それくらい、親に暴力をふるう子は、真面目で内気で、おとなしい子が多い。
「親を殴る若者は不良だろう」
「家庭環境に問題がある子が多いのだろう」
たしかに、なかにはそういう子もいるかもしれませんが、私たちのところに相談に来るのは全然違う。
経済的にも豊かで、親も教育熱心、家庭環境も悪くない―そんな「普通の家庭」の「普通の若者」が、親に暴力をふるっているのです。
これはなにも、私たちの所に相談に来るのが、ニート・ひきこもりの子供を抱える親御さんだから、というだけではないと思います。
最近、マスコミを騒がせている事件もよく見れば、そんな「普通の家庭」の「普通の若者」が起こす事件が、じつに多いのではないでしょうか。
たとえば2006年5月に、東京で33歳の男性が両親を殺害後に自殺しましたが、父親は原水爆禁止運動のリーダーでもあった海洋学者、息子はアメリカ留学の経験のある、ひきこもりの若者でした。
その翌日、今度は千葉でも、22歳の大学生が両親を殺したあとに自殺していますが、その家族は事件の3カ月前に「息子の通学に便利なように」とわざわざ引っ越し、家を新築するような家族でした。
翌6月には、奈良県の高校1年生が、父親への反発から自宅に火をつけ、義母と幼い弟妹を焼死させるという事件も起きました。
マスコミでもかなり話題になったその事件を起こしたのは、全国でも有数の名門進学校に通う優秀な高校生。
父親は医師。
それらの事件の舞台になったのは、いずれも、近所の誰もが「普通の家族」「仲が悪いとは聞いたことがない」という、一軒家に住む「中流」以上の家庭です。
親の学歴は高くて、高収入。しかも教育熱心。
子供も勉強ができて、家族仲もいい――
一見すると、そのように見える家族です。
そんな「普通の家庭」の「普通の若者」が事件を起こした。
だからこそ、問題の根は深いのです。
「あの事件を起こした家族は『異常』だけど、うちは『普通』だから大丈夫」
そう言って安心できるほど、事態は単純ではないのです。
親に暴力をふるう、親を殺す、というのは、なにもいまに始まったことではありません。
同じような事件は、30年も前から何度も繰り返されています。
たとえば、いまから30年前の1977年には、激しい家庭内暴力の末に、両親が有名私立高校2年生の息子を自宅で絞殺するという事件がありました。
学校ではおとなしかった少年が、家では母親と祖母を執拗に殴っていたようです。
殴りながら彼は「破滅の人生だ。お前たちのせいだ。青春を返せ!」といつも叫んでいたといいます。
2年後の1979年には、別の有名私立高校1年の少年が祖母を殺したあと自殺する、という事件も起こっています。
少年は、大学ノートに40ページにもわたって遺書を残し、「エリートをねたむ低能な大衆・劣等生の憎しみ」を事件の動機にあげました。
祖母は「大学教授である祖父を見習え」と、いつも少年に寄り添って勉強を迫る「教育ママ」ならぬ「教育パパ」だったといいます。
そして、その翌年の1980年には、20歳の息子が、就寝中の両親を金属バットで撲殺するという、いわゆる「金属バット殺人事件」が起こりました。
父親は東大卒のエリート社員、息子は浪人生。
日頃の素行を父親になじられ、「出ていけ!」と言われたことが、犯行の動機だったといいます。
テレビのニュースに映っていた息子の顔が、両親を撲殺したのにもかかわらず、どこかホッとした表情をしていたのを、私はいまでも鮮明に覚えています。
あまり時間を置かずに起こったこれら三つの事件は、いずれも高学歴で高収入、社会的地位も高い、「中流」以上の家族で起こったものです。
とくに先の二つは、世間が一目置くような偏差値の高い有名私立高校の生徒が当事者であり、社会に衝撃を与えました。
あれから30年近くが経とうとしています。
その間、多くの出版物が出され、事件の背景を的確に指摘し、親や社会に対して鋭い警告もなされてきました。
にもかかわらず、現在に至るまで、似たような事件が繰り返されています。
最近では、とくに子供が親を殺す事件が続発していて、今後も急増しそうな社会状況が迫っています。
いったい私たちは、なぜ過去の事件から学べなかったのか。何を学んでこなかったのか――
それが、私が本書を書こうと思った一番の動機です。
いったい、あと何人の若者と、何組の親を犠牲にすればいいのでしょう。
これ以上、親に殺される子供と、子供に殺される親を出さないために、いま私たちは何をすればいいのか。
本書は、そのことを具体的に書き記した本です。
実際にいま家庭内暴力で苦しんでおられる親御さんは、どうすればいまの状況から親子共々抜け出せるのか。
あるいは、そもそも暴力が生まれないような家庭や子供にするためには、子育ての段階からどんなことに気をつければいいのかについても、具体的にアドバイスしています。
親の心構えといった抽象的なレベルではなく、明日どう行動すればいいのかを提案しているつもりです。
「家庭内暴力」に焦点を当てながらも、いまの日本の家庭を取り巻く子育てについて、教育の現場に40年間携わってきた経験と知恵を総結集して、総合的かつ現実的な提言をしているつもりです。
だからどうぞ、「所詮、他人事」などと思わず、耳を傾けてみてください。
脅しのようですが、本書に書かれてあることはすべて、皆さんの家庭でも起こり得ることなのですから。
「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」二神能基著 2007年1月26日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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