また、子どもの社会力という視点で考えると、いままでの社会は、学ぶということを学校の勉強だけに限定しすぎたきらいがあります。
多くの親も、子どもを「いい学校、いい会社」へ進ませるために、家の手伝いさえ、あまりさせませんでした。
それより勉強してくれることを喜んだのです。
極端に言えば、クラブ活動もさせず、学校が終わったら塾に通い、ひたすら勉強だけに集中して、成績が良ければ充分だ、くらいに考えている親が多かったと思います。
会社ばかりか、家庭教育も効率が優先されるあまり、いい成績以外のものは切り捨てても問題ないとされてきたのです。
しかし実際に企業に入ってみると、和臣君がニュースタートで体感したような、何気ない人間関係や、周囲との協調性みたいなものがないと仕事もできません。
一人では何もできない現実に、はじめて直面するわけです。
社会人になって多くの優等生がそこでしっぺ返しをくらう。
学校に通っている頃は、部屋に引きこもって勉強だけしていればよかった。
だけど会社で働きはじめると、前にも書いた社会力、他人と協力しながら物事をすすめる能力の大切さに気づかされる。
でも、そこで気づいても遅い。
それで挫折して、引きこもってしまう若者も多いわけです。
そういう意味では、私たちの社会には、学校以外の学びの場、会社以外の働きの場が、ともに圧倒的に不足しています。
たとえば、デイ・サービスでの入浴介助でお年寄りの人生に触れ、そこから自分の人生を顧みること。
普段の何気ない会話がないと、イベントの準備に力を貸してもらうのも頼めない現実。
お遍路で他人と食べ物を分かち合う喜びへの気づき――
そんなささいなことのすべてが、学校以外の学びの場であり、会社以外の働きの場なのです。
もちろん、学校や会社でも、それらを先生や上司から「やらされる」機会はあるかもしれません。
しかし、成績や給料という見返りがないからこそ、若者たちに見えてくる世界だってあるはず。
彼ら自身が自発的に気づくからこそ価値があるのです。
学校や会社でなくても、まず彼ら自身が本気で学ぼうとすれば、日常のここかしこから学びとれるものがある。
それは自分が苦手だと思い込んでいた、他人との触れ合いにこそあったりする。
それに気づいたときに、はじめて世界が実に豊かで多様なものとして、彼らの目の前に広がってくるのです。
実は先日も、船橋市にあったニュースタートの寮を閉鎖することになり、そこで最後の鍋会をやりました。
すでにニュースタートを卒業した初期のメンバーも集まってくれて、にぎやかな大宴会でした。
そのときに、一人ひとりに話をさせたら、話しながら泣き出す若者が数人いました。
思い出すと、最初に船橋寮を始めたとき、私は男性スタッフを寮長にするつもりでした。
すると、そこに入寮予定の若者たち、つまり不登校や引きこもりの経験のある彼らが、
「あの寮の運営はぼくたちにやらせてほしい」
と私に言いに来たのです。
それは面白い、じゃあ自分たちが好きなようにやってみろ、と私は彼らに任せました。
私はニートの若者によく、社会力は三つあるんだ、という話をします。
社会力には三つある。
「社会に適応する力」「社会をつくる力」そして「社会を変える力」の三つ。
「社会に適応する力」とは、学校や会社などの基本的ルールを守ること。
「社会をつくる力」とは、基本的なルールにのっとったうえで、自分なりの創意工夫で新しいものを創造していくこと。
そして最後の「社会を変える力」とは、ありきたりな常識や習慣にとらわれず、社会をよりよいものに変えていく勇気と行動力のこと。
ですから、船橋寮の運営を若者たちがやりたいと言ったときに、そういった話をして、最後に私はこう付け加えました。
「寮はおまえたちがつくるものだ。たとえば、朝食がきちんと準備できていない日があるなんて批判するのは、お客さんの言うセリフで、寮を運営する当事者のものじゃない。
朝食を食べたいなら自分でつくるか、毎日きちんとみんなが食べられる仕組みを、自分たちで話し合ってつくれ。
それが『社会力』の第一歩だ」
その最後の鍋会で、泣きながら話していたのは、最初に自分たちで船橋寮の運営をやらせてほしいと言いに来た若者の一人でした。
最後の鍋会で大泣きする若者たちを見ながら、この寮での生活を通して、彼ははじめて心を通わせる人間関係に目覚めたんだと、私は確信しました。
もちろん、すべてが順風満帆だったわけではありません。
食事当番やささいなトラブルをめぐって、何度も若者同士で話し合い、彼らなりに「一人じゃ何もできない」という現実と向き合い、葛藤して、「他人と協力すること」の大切さを学んできたのです。
それらは部屋にこもって一人で勉強しているだけでは、けっして経験できない学びでした。
寮生二〇名強の小さな寮でしたが、若者自身が三つの社会力をそれぞれ身につけることができた。
彼らにとって、大いなる学びの場でした。
私が彼らに何かを教えたわけではありません。
いままでの学校・家庭では一度も学んでこなかったことを、彼ら自身が互いに学びとっただけなのです。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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