実は一昨年から、体験活動の一環として、「お遍路プロジェクト」を始めました。
春と秋に四国88カ所の霊場を、引きこもりの若者を対象に募集をつのり、スタッフが一緒に歩きます。
スタッフの中には、寮生もいます。
もちろん、それまで自宅で引きこもってばかりいた若者が、実際にお遍路を歩くわけですから、全部を歩き通すのは難しい。
そのためキャンピング・カーがついて、体調がすぐれなければ車で移動するのもOKにしました。
とにかく参加者全員ですべての行程を移動し、
「がんばらない、あきらめない」
をスローガンに、一緒にゴールするのを目標にしています。
お遍路中は朝5時に起きて夜9時に寝る。
実に健康的な生活です。
第一回目は二カ月間かけて88カ所すべてを歩いたのですが、まず一カ月もすぎれば、みんな精悍に日焼けして、たくましくなってきます。
また、四国には「お接待」という風習があります。
お遍路を歩いている人に施し(お接待)をすることが、自分の功徳にもなると考えられているのです。
行く先々でのお接待は、私たちをさまざまな形で助けてくれます。
宿泊先の民宿でも、たとえば、「宿代はいただきますが、食事代はお接待させていただきます。」と言われたりしました。
宿泊費はもらうけど、食事代は私たちが負担します、というわけです。
それまで世の中とは没交渉だった若者たちは、お遍路による健康的な生活で、まず精悍に日焼けして、心身ともにとても元気になります。
同時に、四国特有のお接待という他人の善意に触れられる。
これは実に大きな影響を彼らに与えます。
一昨年、お遍路の半分の行程をすぎた一カ月後ぐらいのことです。
あるとき、お寺の境内で昼食をとっていると、そのとき実に何気なく、若者同士でおにぎりやミカンを半分ずつ交換したり、自分はお腹が一杯だからと、自分の分を誰かにあげたりしている光景を目にしました。
それはすごく自然に行われていたのです。
それまで自宅に引きこもっていた若者ですから、誰かと何かを分かち合うなんて、まずやっていなかったはずです。
それが、四国の人たちのお接待文化、分かち合いの慣習に触れることで、自然と身についたのだと思います。
それは、ふと見落としてしまいそうなほど何気ないけれども、彼らにとってはすごく大きな変化なのです。
もはや家庭にも学校にも、若者の心を揺さぶったり、彼らの行動パターンを変えてしまうような体験をする場所があまりない。
ニートや引きこもりの若者にとってはなおさらそうです。
だから若者のために、あえてお遍路みたいに特別な場所と機会を手づくりしなければいけないのです。
いたずらに部屋で一人悶々とするより、はるかにそのほうが「自分探し」に効果的なのです。
「他人と協力する意味を知る」
それも寮での共同生活で体験できる大切なことです。
中学三年で不登校になり、約六年間引きこもっていた24歳の和臣君。
彼は二年間ほど私たちのところにいて、一昨年の冬からITベンチャーの会社で働いています。
彼は実家で引きこもっている頃から、コンピュータのプログラムに興味があり、たまたまいい出会いがあって、働きはじめました。
その会社の30歳の社長さんが、彼が中卒であること、六年間の引きこもりの経験があることを知ったうえで、面倒をみてくれることになったのです。
仕事をしながら、プログラムの仕事も学べるという点では、彼にとって願ってもない働き口でした。
最初の半年間は無給の見習い。毎朝八時半に会社に一番乗りして、トイレ掃除から始める。
ほかの社員が来るまでに職場全体を掃除することが日課でした。
その後、真面目にがんばっていたみたいで、半年後には月収10万円のアルバイトに昇格して、いまは正社員をめざしてがんばっています。
ちなみにニュースタートの寮にいた頃の彼は、トイレ掃除をよくサボッていたそうですから、けっしてトイレ掃除が好きなわけではありません。
せっかく入れてもらった会社だからと、彼なりに必死にがんばったのです。
しかも聞くところによると、月10万円のアルバイト代のうちから、毎月4万円を親に送金しているようです。
無給の見習いだったときに、親から毎月8万円仕送りしてもらっていたらしく、それを返済するつもりらしい。
わずか10万円の生活費で、四畳半一間のアパート代が月3万円。
送金が4万円。
残りはわずか3万円です。
24歳という年齢を考えると、食費でも足りないぐらいの金額です。
私が彼の立場だったら、正社員になってから返済すればいいと考えて、服を買ったり、パチンコなどの遊興費に、すぐ使ってしまうでしょう。
和臣君もふくめて、ひきこもりやニートの子たちは、親に経済的負担をかけていることについてはすごく敏感です。
とても純粋というか、生真面目なのです。
そんな和臣君がまだニュースタートにいた頃のことです。
訪問スタッフとして、引きこもっている若者に会いにいく機会がありました。
それも仕事体験のひとつです。
かつて六年間引きこもっていた彼が、今度はかつての自分のような若者を、家から引き出す役割を担ったわけです。
それには、かつての自分を客観視するという狙いもありました。
一度客観視できれば、ふたたびその状態に戻る危険性はかなり低くなるからです。
引きこもりの若者を訪ねるとき、和臣君が心がけていたのは、誰かと普通に会話ができる感じとか、人と話すことの楽しさみたいなものを相手に感じてもらいたい、ということでした。
かつて、家族とも満足な会話さえしてこなかった彼が、そう話してくれました。
「たとえば、ニュースタートでは定期的にフリーマーケットを催していますけど、一人では何もできませんよね。
たくさんの人の協力がないと、一回のフリーマーケットですらできません。
何気ない会話を交わす、そんな普段からの人間関係がないと誰も手伝ってくれません」
彼はそう言うわけです。
ニュースタートでの共同生活の中で、他人と協力する事の意味合いを彼らなりにつかんでくれたのです。
それが彼にとって、社会力への第一歩でした。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
→詳細はこちら