そして、彼は高校受験でつまづきました。
第一希望の公立高校には落ち、すべりどめの私立高校には合格しましたが「あんな高校には行きたくない」と、入学式にも出席せずにやめてしまいました。
「1年遅れでもいいから、高校へ行こうよ」
両親は必死にすすめましたが、直樹君はすっかり反抗的になっていて聞きません。
逆に、「高校へ行かないと、人生うまくいかないのか!」と言いだす始末。
「お前の学歴は中卒だぞ、それでいいのか」
そう口にする父親に対しても、
「俺は、この腕一本で生きてみせる!」
と、大見得を切りました。
実際、そう言った手前もあってか、彼はほどなく、自分で専門学校を見つけてきました。
しかしそこも、半年足らずで中退。
もともと真面目で融通のきかない性格です。
それが専門学校の派手な雰囲気にあわなかったのでしょう。
逆に、ほかの生徒からは嘲笑の対象にされ、いじめにもあってしまった。
その後、今度は農園の住込みの仕事につきました。
だけど仕事が思った以上にきつく、また1年で家に逆戻り。
直樹君はその時、17歳になっていました。
彼は自分の年齢に、少し焦りを感じはじめていたのでしょう。
住み込みの仕事もうまくいかず自宅に戻ってきた時、「就職しよう」と、今度はハローワークに通いだしたのです。
だけど、中卒の学歴に加えて、もともと内弁慶な性格です。
適当な仕事は、なかなか見つかりません。
半年ほどそんなことを繰り返し、心身ともにくたびれたようです。
ハローワークに行く足もだんだん遠くなり、しまいにはカーテンをぴっちり閉じて、自分の部屋から一歩も出てこなくなりました。
彼のひきこもりは、こうして始まってしまったのです。
それから6カ月経った、ある日のこと。
いつものように夕食後、直樹君の部屋でお母さんが愚痴を聞いていると、彼の声がだんだん荒くなり、興奮してくるのがわかりました。
話は、専門学校時代に、頭の形のことで同級生からバカにされたことに及んでいました。
「どうして俺が、あんな不真面目なやつらにバカにされなきゃいけないんだ!」
「俺の悔しさがわかるか?」
「あれから俺の人生は真っ暗になったんだ!」
そして、次の瞬間。
「俺がこうなったのは、お前がこんないびつな頭にしたからだ!」
そう叫んだ直樹君は、突然、母親の髪の毛をわしづかみにすると、床に頭を叩きつけたのです。
それから、床に押し付けた頭の上に足をのせ、母親の頭をぐいぐいと何度も踏みつけました。
お母さんは、あまり突然のことで動転してしまい、ただ呆然と涙を流しながら事態を受け止めるしかありませんでした。
「優しかったあの子が、なぜこんなことをするのか・・・・・本当に、ただ悲しかったんです」
お母さんは当時の心境を思い出し、そう率直に語ってくれました。
直樹君の暴力は、こうして始まりました。
直樹君は毎日、母親を自分の部屋に呼びつけたといいます。
「来いよ!」
夕食時になると、二階から乱暴な声が聞こえてきます。
お母さんは、直樹君の部屋に食事を運ぶと、その後しばらく、一緒にテレビを見たり、話をしたり、彼に付き合わされます。
彼のおしゃべりが止まらずに、朝の3時、4時まで眠らせてもらえないこともありました。
翌日は、早朝から学校へ仕事に行かなければならないにもかかわらず、です。
やがて、お母さんの日課に、新聞のテレビ欄に目を通すことが加わりました。
夕食後のテレビタイムに息子の好きな番組があると、お母さんはホッとしたといいます。
一緒にテレビを見ていても、好きな番組があると、その時は何も起きないからです。
「今日はダメだ。やられるかもしれない」
テレビ欄に息子の気に入るような番組が見当たらない日、お母さんはそう思って絶望的な気持ちになったといいます。
そんな日は、彼の部屋に入る時から緊張しています。
直樹君といつもより離れて、なるべくドアに近い場所に座るようにするのです。
「面白くねえなあ!」
やがて、テレビを見始めた直樹君はそう言うと、いつも決まって手を頭の後ろにやって頭を撫ではじめます。
このしぐさが、彼が頭のことで母親を責めはじめる合図なのです。
「ああ、面白くねえ、面白くねえ。この頭が、すべて悪いんだよなあ!」
「誰のせいで、こうなったと思ってるんだ?」
テレビで憂さを晴らせなかった直樹君は、代わりにねちねちと母親に言葉でからみ始めます。
それに対して母親が怖くて黙っていると、
「なんで黙っているんだ!」
と怒鳴られ、頭を殴る蹴るの暴力が始まります。
「お母さんが悪かったね。ごめんね」
そうやんわり返したとしても、結果は同じです。
「そうだよ!お前のせいなんだよ!」
と、やはり直樹君は暴力をふるってきます。
いったん暴力が始まると、もうどうにも手のつけようがない。
母親にできるのは、少しでも暴力をかわすことができるよう、逃げやすい場所に座っていることくらいでした。
母親の毎日は、テレビ欄を見て心の準備をすることから始まったといいます。
息子の顔色をうかがって、びくびくと暮らさざるを得ない毎日、暴力を振るわれない日でも、いつ、どんな言動に息子がキレるかと思うと、気が休まりません。
そんな日が、10年間も続いたのです。
「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」二神能基著 2007年1月26日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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