いままで、入寮後の若者たちの変化について紹介してきました。
一方、それほど多くはありませんが、子どもの入寮後に、親が自分の人生を充実させようと動き出すことで、子どもに好影響を与えた事例もあります。
今年20歳の雅臣君は、小学校時代から不登校気味で中学には行かず引きこもりました。
その雅臣君がニュースタートに来てから見せた変化に、親子関係のひとつのヒントが潜んでいるように思います。
彼が寮に入ったのは二年前のことです。
雅臣君の場合、早熟だったせいか、学校が合わないというより、同世代の人間関係が合わなかったのではと私は感じています。
なぜなら彼は、年齢の割に周囲の空気を読む能力が高く、しゃべることも面白いし、頭の回転も速いからです。
本人の話ですと、同世代の人との会話がしっくりこなくて、いつも不安で、そのうち学校にも行けなくなってしまったそうです。
引きこもっている間は、哲学や心理学の本を読んでいたようなタイプです。
雅臣君の家庭では、お母さん一人が責任を感じてしまって、彼が引きこもっている間はよく泣かれていたようです。
一方、お父さんは比較的冷静で、これからはサラリーマンになっても仕方ないから焦るなと、雅臣君にもきちんと話されていました。
ここまではよくある話です。
しかし、雅臣君の家族はここから少し違った対応をとります。
うちのスタッフの訪問をきっかけに、家族みんなで話し合い、いままでの雅臣君への対応の仕方を変えてみようという結論になったそうです。
雅臣君のことは専門家であるニュースタートのスタッフに一切任せたのだから、家族の残りのみんなは、いままでみたいに雅臣君が引きこもっているからと我慢するのをやめ、気分転換を兼ねて、お互いにやりたかったことや、好きなことをやってみようということになりました。
そうして、お母さんはバイオリン教室へ通いはじめ、お父さんは地域のボランティア活動に参加しはじめたのです。
すると、雅臣君自身にも変化が生まれたのです。
あとで彼に訊くと、親の関心が自分以外に向き出したことで、雅臣君自身もかなり楽になったと言うのです。
彼も意識的に外出しだし、まず近所の図書館に通うようになり、「他人と出会わないと自分のことはわからない」という、ある本の一節を読んで、ちょっと目が覚めたと言います。
その後、雅臣君はスムーズにニュースタートに入寮しました。
彼にも後日談があります。
ニュースタートの生活に慣れた頃、フィリピンのマニラにある「若衆宿」で一年間ほど生活してもらいました。
帰国後、彼が私に言いた言葉をいまでもはっきりと覚えています。
「ぼくは学校が合わないんだとずっと思っていたけど、フィリピンで暮らしたおかげで、日本という社会がぼくに合わないんだということがよくわかりました」
彼はそう言ったのです。
異文化体験をすると、日本と違う価値観に触れることでこういう考え方をするようになる若者が必ずいます。
海外生活の効果です。
よくよく話を聞いてみると、どうもマニラで好きな女の子ができたようです。
もちろん、現地の女の子です。
帰国後の雅臣君はニュースタートで暮らしながら、アルバイトをして稼いだお金をマニラの彼女にせっせと送金しています。
どうも頻繁に携帯から国際電話もしているらしく、電話代も月に数万円かかっているらしい。
この事実を知った私は厳重に注意しました。
「おまえ、冗談じゃないぞ。
親御さんから毎月寮費をもらって、おまえを預かっているのに、おまえは外でアルバイトしたお金をせっせとフィリピンに送金しているとは何事だ。
送金するなら、自分で自活しながらやれ」
私がこう言うと、彼はこう弁明しました。
「ダメです。
ぼくのアルバイト代だけでは、マニラの彼女に送金できません」
彼は親に依存して、マニラの彼女はそんな彼の送金に依存している、実に入り組んだパラサイト構造です。
ただ、その話を聞いたお父さんが度量の大きな方で、
「相手は誰であれ、息子が他人のために働こうという気持ちになったんだからよかった」
と言うわけです。
相手がどんな女性なのかもわからないし、雅臣君がだまされているだけかもしれない。
それでも大きな前進であることは間違いない、と。
さすがに、お父さんにここまで言われると、私は何も言えなくなりました。
引きこもりやニートになるような若者は、頭がよくて真面目な「優等生タイプ」が多いというのは、これまで何度も書いているとおりです。
だから、自分が停滞していることで、親に対しては大きな負い目や責任を感じています。
そんな中で、親の関心が自分だけに集中すると、もういたたまれなくなるわけです。
だから親御さんはあえて勇気を持って、子ども以外に関心を向けてみる。自分の人生を見直して、興味があることや趣味を楽しんでみる――
それが意外に功を奏したりします。
もちろん、雅臣君一家みたいに必ずしもうまくいくとは限りませんが、試してみる価値は充分にあると思います。
親が子どもから離れることによって、子どもが人生を自力で歩きはじめる可能性があるのです。
実は、マニラの寮に滞在したことがきっかけで、フィリピンの女性に送金している男の子がもう一人います。
しかも相手は子持ちで年上の女性です。
「そんな女性に送金しても仕方がないじゃないか。
どうせいいように利用されているだけだからやめろよ」
まわりがいくらそう説得しても、まるで聞く耳を持たない。
一生懸命アルバイトに精を出して、稼いだお金を彼女にせっせと送金している。
好きなことは見つからなかったけれど、好きな女の子は見つかったケースです。
ここのお母さんも、最初は息子を叱っていたみたいです。だけど、本人がまるで聞かないから諦められました。
「息子の背筋がピンと伸びたのは、今回がはじめてです。
やっぱり、年頃の男の子にとって、好きな異性がいることは大きいですね。
これがなくなったらどうしようもないから。
しばらくは我慢します」
お母さんはそうおっしゃっています。
この話で大切なポイントは、自分が好きなものや人を選んだり、見つけたりするためには、まず本人が、親への依存心を捨てて、自立心を確立する必要があるということです。
だからこそ、何度も書いているように、私たちは、引きこもりやニートの若者をいったん親から引き離すという路線を、頑なに守っているのです。
学校や会社みたいに、家から私たちのところに通うことは許していません。
ニュースタートで生活している若者に、私はときどき、ここが嫌なら帰っていいよと言います。
すると、「いや、ここも案外いいです」といった答えが若者から返ってきます。
その理由をたずねてみると、三食昼寝付きでとか、あれこれ理由をならべるけども、最後には要するに、
「ここは親の目がないのがいい」
というわけです。
とりわけ、お母さんが心配そうに自分の子どもを見つめる目――
あれが若者たちには最大のプレッシャーのようです。
もちろん、愛に裏打ちされた母親の眼差しなのですが、あれを見てしまうと子どもに戻ってしまって、若者はなかなか自立心を持てません。
親との従属関係から逃れられないのです。
親の目がないからこそ一人になれる、そこではじめて自分になれる。
「さあ、これからどうしよう」
一人になってはじめて、若者たちは自分の人生を考えはじめるのです。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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