入寮後に変化していく若者たちを見ていて、私が気づいたことがあります。
それは彼らにとって仕事体験の持つ、新たな意味合いです。
若者たちには、複数の仕事に参加しながら社会力をつけてもらうと同時に、ニュースタート卒業後の自分の職業適性を探ってもらう――それが「仕事体験」を始めた当初の私たちの考えた「労働体験」の意味でした。
しかし現実には、「仕事体験」は「労働体験」というより、彼らには「人間体験」として役立っているのではないか、ということに私はだんだん気づいてきたのです。
たとえば、食事の仕事をするにしても、
「大根はこうやって切るんだぞ」
「はい、わかりました」
「豚肉はよく炒めてください」
「これぐらい炒めればいいですか?」
と、作業の中で会話が自然と成立するわけです。
ところが、仕事も何もなく、さあ二人で話してみろと言うと、途端に黙り込んでしまう。
人間関係から長く遠ざかっていると、そうなってしまうのです。
生協で営業マンだった清二君(38歳)も、「人間体験」で変わった典型でしょう。
彼はデイ・サービスで、戦争体験を持つ一人の男性利用者と親しくなりました。
その人の入浴介助をしながら、戦争中の苦労話をあれこれ聞くとことで、かつて引きこもっていた頃の自分を、かなり客観的に考えられるようになったと、私に話してくれました。
あの人の苦労にくらべれば、ぼくの葛藤なんて全然たいしたことない、と。
清二君にとっては、今後の人生を考えるうえでのとても感動的な出会いだったようです。
生協では営業マンだったけれど、訪問先でどんな話をしても、しょせん営業トークでしかなかった。
でもデイ・サービスを通して、はじめて他人の人生に触れることができた、というのです。
それはまさしく「人間体験」だと私は思うわけです。
ニートの若者たちは、仕事を通して、むしろ人との触れ合い方を学んでいる――そのことのほうが資格取得や実務経験以上に、彼らにとっては貴重な体験なのです。
仕事体験は人と触れ合うための道具でしかない。
それは彼らが生きていくうえで、とても大切なことだと思います。
そう考えると、ニュースタートの卒業生は、IT関連で派遣社員になる若者も多いのですが、一方で介護や旅行代理店でツアーの添乗員をやっている若者もいて、人と触れ合う仕事を、もっと言えば人の役に立つ仕事を選んでいる若者も同じくらい多い。
これはとても興味深いことだと思います。
そして仕事体験以上に人間体験が必要なのは、けっして彼らだけではないとも思います。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
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認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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