8050問題、「親亡き後」の前に訪れる本当の危機とは?今からできる備えを専門家が解説

80代の親が50代のひきこもりの子を支える「8050問題」。
この問題の渦中にいらっしゃる親御さんの多くが、

自分が亡くなった後、この子はどうやって生きていくのだろう

という不安を抱えていらっしゃいます。

お子さんのためにと、必死に貯金をしたり、住み慣れた家を遺そうと準備されている方も少なくないでしょう。

しかし、実はその「親亡き後」の”手前”に、見過ごすことのできない大きな危機が潜んでいることをご存知でしょうか。

今回のコラムでは、おひとりさま支援の専門家である黒澤史津乃さん(株式会社OAGウェルビーR 代表取締役)に伺ったお話をもとに、「親亡き後、その手前」に起こりうる厳しい現実と、今からできる備えについてお伝えします。

「お金を残すだけ」では不十分な理由

「自分が亡くなっても、あの子がお金に困らないように……」

そう思って一生懸命貯金をする、その親心は痛いほどよく分かります。
しかし、専門家は「意思決定をしてくれる人がいない」ことが最大の問題だと警鐘を鳴らします。

下の図をご覧ください。
これは人が自立して生活できる「自立期」から、病気や認知症などで誰かの助けが必要になる時期、そして亡くなった後までの流れを示したものです。

人は元気な「自立期」であれば、自分で物事を考えて(意思形成)、それを伝えて(表明)、実行することができます。
しかし、ひとたび病気になったり、判断能力が衰えたりすると、自分一人で「意思の形成・表明・実行」までを完結させることが難しくなります。

親御さん自身が倒れてしまった時、入院や手術の同意、介護サービスの契約、費用の支払いなど、重要な「意思決定」を迫られる場面が次々と訪れます。
その時、ひきこもり状態にあるお子さんが、親の代わりとなってすべてを担うことができるでしょうか。

親が倒れたその日から始まる「手続きの嵐」

多くの方が心配するのは「死んだ後」のことですが、本当の試練は「亡くなる前」から始まります

もし、親御さんが突然倒れたら、どのようなことが起こるでしょうか。

  • 救急隊とのやり取り、搬送先病院の決定
  • 病院での入院手続き、入院保証金(例:10万円)の用意
  • 身元保証人(生計の違う2名など)のサイン
  • 医師からの病状説明、治療方針の決定
  • 手術のリスク説明への同席、同意書へのサイン
  • 手術中の病院での待機
  • 入院用品(パジャマ、タオル等)の購入・用意
  • 急性期病院からの退院勧告、転院先(リハビリ病院など)の選定
  • 在宅介護か施設入居かの判断
  • 介護保険の要介護認定の申請手続き

これは一例ですが、親が倒れたその日から、これだけの事柄が次から次へとお子さんに押し寄せてきます。
社会との関わりを長年避けてきたお子さんにとって、見知らぬ人と顔を合わせ、複雑な手続きをこなし、重大な決断を下すことは、想像を絶するプレッシャーとなります。

「お母さんを守らなきゃ、でもできない…」という苦しさから、さらに心を閉ざしてしまう可能性も十分に考えられるのです。

「いるのに頼れない」が一番困る?病院や行政の現実

ここで深刻なのは、「本当のおひとりさま」よりも、「家族がいるのに動いてくれない」ケースの方が、周りをより困難な状況に陥らせてしまうことです。

病院や行政は、「お子さんがいるのに、私たちが勝手に決めるわけにはいかない」というジレンマを抱えています。
連絡が取れない、来てもらえない、決断してもらえない……
その結果、必要な治療や支援が滞ってしまうのです。

さらに、万が一親御さんが亡くなった後も、課題は山積みです。

  • ご遺体の引き取り、葬儀社の手配
  • 葬儀・納骨の執行
  • 死亡診断書の受け取り、死亡届の提出
  • 入院費用の清算
  • 公共料金、携帯電話、各種サービスの解約・名義変更
  • 相続手続き(銀行口座や実印がなければ、そこから作らなければならない)

これらを、社会経験の少ないお子さんが一人でやり遂げるのは、極めて困難と言わざるを得ません。

もしもの時に頼れる「終身サポート」とは?

こうした事態に備えるため、近年「高齢者等終身サポート事業者」という存在が注目されています。
これは、家族に代わって、生前のもしもの時から亡くなった後まで、包括的にサポートを提供する民間のサービスです。

専門事業者と契約した場合、具体的にどのような支援が受けられるのでしょうか。

  • 24時間365日の緊急対応: 
    救急搬送された際に、事業者に連絡がいく仕組みを構築。
    すぐに駆けつけ、救急隊や病院との連携を行います。
  • 入院・入居時の身元保証:
    入院や施設入居時に必要となる身元保証を引き受けます。
  • 各種手続きの代行:
    入院手続きや保証金の立て替え、介護認定の申請など、煩雑な手続きを代行します。
  • 意思決定の支援: 
    事前に親御さんの延命治療に関する考えなどをヒアリングしておき、いざという時にその意思を医療機関に伝えます。
    ご本人の意思を尊重しながら、最適な選択ができるようサポートします。
  • 財産管理・後見制度: 
    認知症などで判断能力が不十分になった場合に備え、任意後見契約を結んでおくことで、財産管理を任せることができます。
  • 死後事務の執行: 
    亡くなった後の葬儀・納骨、関係各所への手続きなど、一切の死後事務を責任をもって行います。

今回お話を伺った黒澤さんが代表を務める株式会社OAGウェルビーRの契約は、下図のようになっています。

重要なのは、「お子さんにできることがあればやってもらい、できない部分を私たちがカバーする」という考え方です。
お子さんの存在を無視するのではなく、状況に応じて連携し、親子双方の負担を軽減することを目指します。

他のきょうだいがいる場合も安泰ではない?

「ひきこもりの子の他に、自立したきょうだいがいるから大丈夫」と考える方もいるかもしれません。
しかし、そこにも複雑な問題が潜んでいます。

  • 負担の偏り: 
    親の介護とひきこもり当事者の面倒、その両方が一人のきょうだいにのしかかる可能性があります。
  • きょうだいの配偶者の気持ち: 
    「なぜ夫のきょうだいのことまで……」と、きょうだいの配偶者が負担に感じるケースは少なくありません。
  • 世代間の問題: 
    きょうだいが亡くなった場合、その子ども(甥・姪)にまで負担が及ぶ可能性も出てきます。

「自分の妻や子どもたちには迷惑をかけたくない」という思いから、第三者の支援を検討するごきょうだいもいらっしゃいます。
ですが親の同意なしには、支援はなかなかうまくいかないのが実情です。

親が元気なうちに、家族全員の負担を軽くするための体制を整えておくことは、親の最後の責任ともいえるかもしれません。

今、私たちにできることは?

ここまで厳しい現実をお伝えしてきましたが、絶望する必要はありません。
大切なのは、「元気なうちに、正しい知識を持って、備える」ことです。

  • 「健康寿命」と「平均寿命」の差を意識する: 
    日本では、健康でいられる年齢と平均寿命の間に、男性で約10年、女性で13年の差があると言われています。
    この「元気ではない期間」をどう過ごすか、誰に頼るかを具体的に考えてみましょう。
  • 「使えるお金」として残す: 
    預金は、それを使うための「手続き能力」と「意思能力」があって初めて意味を持ちます。
    ただ残すだけでなく、お子さんがきちんと使える形になっているか、確認が必要です。
  • まずは知る、調べることから: 
    今回ご紹介したような終身サポートサービスや、自治体の相談窓口、福祉制度など、利用できる仕組みづくりが進んでいます。
    まずはどんな選択肢があるのか、情報を集めることから始めてみてください。

「親亡き後」という漠然とした不安だけでなく、その手前に横たわる具体的な課題に目を向けること。それが、ご自身と他でもないお子さんの未来を守るための、最も重要で確実な一歩となるはずです。

でも、契約は焦らないで!信頼できる業者選びのポイント

ここまで読んで、「すぐにでも専門家に相談したい!」と思われたかもしれません。
そのお気持ちはよく分かりますが、ここで一つだけ注意していただきたいことがあります。
それは、「今は契約を焦らないでほしい」ということです。

実は、この「終身サポート」業界は、まだ法的な規制や監督する省庁がありません
つまり、誰でも「今日から始めます」と名乗れてしまうのが現状です。
善意で活動している事業者が大半ですが、残念ながら中には悪質な業者が紛れ込んでいる可能性も否定できません。
現時点では、どの事業者が本当に信頼できるのか、一般の方が見分けるのは非常に難しい状況なのです。

こうした状況を改善するため、現在、黒澤さんをはじめとする専門家たちが中心となり、信頼できる事業者のための業界団体「全国高齢者等終身サポート事業者協会」の設立準備が進んでいます。

この協会では、認定制度を設けることで、利用者が安心してサービスを選べる「しるし」を作ろうとしています。
2025年秋の設立を目指しており、来年(2026年)以降には、一定の基準をクリアした信頼できる事業者がより分かりやすくなってくる見込みです。

ですから、今はすぐに特定の業者と契約を結ぶのではなく、まずは情報収集に徹し、業界の動きを見守るのが賢明です。
この準備期間を利用して、ご自身の家庭では「どんな支援が必要か」「お子さんに何ができて、何が難しいのか」をじっくり整理する時間に充ててみてはいかがでしょうか。
信頼できる選択肢が見えてきたときに、スムーズに行動を起こせるはずです。

おわりに

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
少し深刻な話が続き、「何から手をつければいいのか……」と、かえって不安に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、どうか安心してください。
最も重要なのは、こうして問題意識を持ち、情報を得ようとされている、その前向きな姿勢です。

すぐに契約を結ぶ必要はありません。
しかし、思考を止めてしまうのはもったいないことです。
この機会に、ご家族のこと、そしてご自身の老後のことを、少し具体的に想像してみてください。

「誰に、何を、いつ頼む必要があるのか」
それを考えること自体が、未来の安心につながる確かな第一歩となります。

その一歩が、必ず親子双方の未来を守る力になっていくはずです。

まとめ:未来への一歩は「知ること」から

今回は、8050問題における「親亡き後、その手前」に潜む危機と、今からできる備えについて解説しました。
最後に、大切なポイントを振り返ります。

  1. 本当の危機は「親亡き後」の手前に起こる
    親御さん自身が倒れた時、入院手続きや治療の同意など、お子さんには荷が重い「手続きの嵐」が待っています。
    お金を残すだけでは、この危機は乗り越えられません。
  2. 「いるのに頼れない」状況が一番深刻
    家族がいることで、かえって公的な支援が入りにくくなる場合があります。
    お子さんが手続きをできない状況は、親子双方にとって大きなリスクとなります。
  3. 第三者のサポートという選択肢がある
    家族に代わって、もしもの時の手続きや意思決定をサポートしてくれる「終身サポート」というサービスがあります。
    お子さんの負担を軽減し、親子が共倒れになるのを防ぐための有効な選択肢です。
  4. 契約は焦らず、まずは情報収集を
    終身サポート業界は、現在、利用者が安心して選べる仕組みを構築中です。
    今すぐ契約を急ぐのではなく、まずはどんな公的・民間サービスがあるのかを調べ、ご自身の状況を整理することから始めましょう。

ひきこもりのお子さんを抱える親御さんの不安は、計り知れないものがあるでしょう。
しかし、目を背けずに現実を知り、元気なうちに備えることで、未来は大きく変わります。

この記事が、皆さまにとって、未来を考えるための最初の一歩となれば幸いです。

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執筆者 : 久世 芽亜里(くぜ めあり)

久世芽亜里

認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフ。青山学院大学理工学部卒。担当はホームページや講演会などの広報業務。ブログやメルマガといった外部に発信する文章を書いている。また個別相談などの支援前の相談業務も担当し、年に100件の親御さんの来所相談を受ける。

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