直樹君のひきこもりが始まったのは、18歳の頃です。
しかし彼にとっての最初のつまずきは、中学3年の頃からすでに起こっていました。
中学3年の1学期までは、彼は順風満帆な学園生活を送っていました。
勉強はクラスで一番、所属する合唱部は全県でトップ。
毎日が充実していたといいます。
それが、クラブを引退した頃から、少しずつ変わっていきました。
部活動がなくなった途端、彼は学校に「自分の居場所」「心の拠り所」がなくなってしまったのです。
毎日練習に励んでいたクラブはもうない。
だけど自分のクラスはとても荒れていて、真面目に勉強する子は、自分を含めてたった二人しかいない。
そんな不安定な毎日に、彼は急に直面することになったのです。
そんな時に目に入ってきたのは、派手なクラスメイトたちの姿でした。
夜中に家を抜け出して、溜まり場となっている友達の家に集まっている。
制服を改造して、不良っぽい格好をしている―そんな姿を見ながら、直樹君は自由奔放な彼らへの憧れを募らせていったのです。
しかし、そんな憧れはあるものの(若者の時は、誰もがそういうところがあるものです)、内気で真面目な直樹君は、自分から彼らに声をかけることはできませんでした。
無論、優等生の直樹君を、彼らが誘うこともありません。
今度はその狭間で、彼は悩みはじめたのです。
「俺は二重人格だ!」
学校ではおとなしく教師からも一目置かれる存在の直樹君は、帰宅するとそう言って、部屋の壁をドンドンと叩くようになっていったのです。
ある日の夕方。
直樹君は勇気を振り絞って、母親に頼み事をしにいきました。
「制服のズボンのタックを増やしてほしい。真面目なのはいやなんだ」
ずっとクラスメイトの姿を見てきた直樹君は、せめてズボンだけでも、と思ったのでしょう。
それまで、親の言うことに逆らったことのないようないい子です。
親にそうやって何かお願いをするのも、これまであまりなかったことでした。
「そんなこと、ダメよ」
だけど母親は、そんな彼の願いをあっさりと断ってしまったのです。
しかし、だからといって彼女を責めることはできないでしょう。
なぜなら、父親・母親ともに学校の教師だったことに加え、とくに父親は、直樹君の学校のPTA役員をしていたからです。
父親がPTA役員をしているのに、同じ学校に通う息子に変な恰好をさせるわけにはいかない、というわけです。
その気持ちもわかりますから、母親を一概にせめるわけにもいきません。
しかし、この「自分は教師の子、PTA役員の子だ」という意識は、それまでもずっと彼を悩ましつづけてきたものでした。
自分は教師の子であり、PTA役員の子だ。
だから、いつもきちんとしていなければならない――
そんな意識が直樹君にはずっとありました。
それが、彼の若者らしい欲求を抑えつけ、苦しめてきたのです。
何もかも忘れて打ち込めた部活動があった時は、まだよかった。それを忘れることができた。
しかし部活動を引退してそれがなくなった時、ずっと自分を苦しめてきた葛藤が、また顕在化してきたのです。
中学3年の2学期頃からは、家にいる時もため息をつき、うずくまることが多くなっていました。
成績も落ちるいっぽうで、三者面談では志望校をワンランク下げることをすすめられていました。
そんな状況でも、彼はまだ、「教師の子、PTA役員の子」という意識を捨てられずにいたのです。
「いつも自分は、きちんとしていなければならない」
そんな気持ちから、毎日学校には無理をしてでも遅刻せずに通っていました。
このころには学校にいると、タオルが濡れるくらいに、てのひらにビッショリと汗をかくようになっていたにもかかわらず、です。
身体が発するSOSを、彼は無視しつづけてしまったのです。
「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」二神能基著 2007年1月26日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「暴力は親に向かう ~いま明かされる家庭内暴力の実態」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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