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「両親はどんな思いで・・・」卒業生 吉永くんより

2018年12月28日

 


私は10年程前に、3年半程ニュースタート事務局に在籍していた者です。


入寮直前の数年間は仕事探しも何もかもが面倒になり、外界の事には耳をふさぎ、文字通り引きこもり状態で、家族との会話も一切ありませんでした。




レンタルお姉さんからの手紙はまさにそんな状態の中で届くようになり、最初のうちは一切手もつけませんでしたが、いつしか目を通すようになり、ついにはレンタルお姉さんに導かれる様にして外に出るようになり、時々ニュースタートの鍋会にも参加するようになりました。


しかし、自分自身でどこか納得出来ない部分があったらしく、しきりに入寮へ進めようとするレンタルお姉さんと意見が食い違うようになり、遂にはレンタルお姉さんから見放される寸前になりましたが、『私が担当します』と発言されたレンタルお姉さんに引きずりこまれるように入寮しました。


その後は悩みすぎて周辺を彷徨ったり、スタッフの皆さんと意見の食い違いからケンカ状態になったりがあったものの、何とか次に進むために自分の足で歩きだせるようになり、最終的には数社の採用試験におちたものの、最後に受験した会社に採用され、あっという間に10年近くがたち、今日を迎えました。




今日を迎えるまでの間、両親はどんな思いで自分を見ていたのかと考えると平常心ではいられません。


目の前にいる息子から散々罵声を浴びせられ、目も合わせてもらえない日々が続き、自分を放り出す事ができたはずなのに、それをしなかったのはなぜか。


そこには


『家族を家の外に放り出すだけでは何の解決にもならない。


引きこもりの当事者を一刻も早く違う環境に送り込んで刺激を与えなければ共倒れになってしまう』


と考えていた事があるように思います。




『かわいい子には旅をさせよ・・・』


ではありませんが、両親にとっては大切な我が子を長期間に渡ってまったく違う環境の場所に送り込むのですから、引きこもりの当事者にしてみれば青天の霹靂・・・。


激しく抵抗するはずです。


当然です・・・。


今まで自分の部屋で自由を満喫できたのが一切できなくなるのですから、納得するなんて事は絶対にないでしょう。




本人が納得しないから・・・というケースはとても多いと思います。


でも、時は待ってくれません。


お互いに打つ手がなく悶々としていても、月日は流れているのです。


1年、3年、5年、10年・・・あっという間に過ぎ去ってしまいます。


いくら昨今の求人事情が労働者側有利とは言え、それはある一定の年齢までの話。


職種にもよると思いますが、一定の年齢を越えてしまうと、求人数が大幅に変化してしまい、打つ手がなくなる危険性が高まります。




決断するなら今です。


早ければ早いほど良いです。


今すぐ他人の助けを借りる決断をしてください。


必ず道が開けます。



吉永武史








吉永くんは、約10年前に卒業した、元寮生です。

一言で言えば、「スタッフがかなり手こずった寮生」になると思います。


最初に親御さんから相談があったとき、彼は35歳でした。


大学卒業後に勤めた会社を3年で退職。

数年のブランクの間は、心療内科へも通院。

好きな業種にバイトで入りますが、5~6年で退職。

その後3年はニート状況。

家から出ないわけではなく、家族との会話もありました。


相談後は、レンタルお姉さんによる訪問が始まります。

何通か手紙を送り、電話をしても出てくれない状況の中。

いきなり訪問すると、本人に会うことができました。


その後は訪問すると会え、電話にも出てくれるようになります。

一緒に外へ遊びに行き、こちらの施設にも足を踏み入れます。

ですが寮の話をすると、拒否。

ハローワークに行くようになりますが、当時は就職が厳しい時代で、職は見つからず。


なかなか状況が前に進まず、お母さんに家を出てもらうことに。

ニュースタートへの怒りを募らせ、電話での暴言や怒って事務所に乗り込んでくるなど、一時は色々ありました。

次の担当になったレンタルお姉さんにより、何とか入寮。

レンタル活動は、1年を越えていました。

 

寮では最初は荒れた時期もありましたが、半年もすると落ち着きます。

悩みを話せる仲間もできます。

活動には積極的に参加し、人にも話しかけていくタイプでした。

ですが人との距離の取り方には苦労したようで、寮の中で失敗もし、指摘もされる中で、本人なりに模索していったのだと思います。


就職は、以前バイトもしていた好きな業種を希望。

10年前はまだ就職が厳しい時代だったこともあり、半年ほどかけて就職が決まりました。

その仕事を10年、今も継続しています。


3年の寮生活を経て卒業となった時の、お母さんからの手紙です。








ありがとうございました。


ここまで育てて下さったことを、心より感謝申し上げます。




本日、自分の車に乗って、アパートへ出発しました。


今回、アパート探しからほとんど一人で、出来ました。


最後の大物は、寮長さんが快くお手伝い下さったと、感激していました。


晴れ晴れとした顔で行きました。




私はまだ夢を見ているような心持ちです。


皆様に心より御礼申し上げます。




「今度は自分で500円払って鍋会へ行く」と言っております。


これから先もお邪魔をする心積もりの様です。


どうぞ今後もよろしくご指導ご鞭撻下さいますよう、心より深くお願い申し上げます。








お母さんも、彼を押し出すのは大変だったと思います。

強い気持ちで、対応してくださいました。


今年秋の講演会<ニート・ひきこもりは親の「決断」で解決できる>の告知を見た吉永くんより、

「親の決断があって、今の自分がある」

「できることがあればしたい」

と申し出があり、文章を書いてもらいました。


「本名をフルネームで出してください、でないと伝わる事も伝わらない」

「自分の名前、状況等、存分に活用してください」

「それで少しでも多くの人の後押しになれば幸いです」

とも言ってくれました。


歴代の寮生の中でも、かなり強い拒否を示した吉永くん。

その彼から、当時を感謝する言葉が出るのは、大きな意味を感じます。


それ以外の寮生からも、

「自分では決められなかった」

「決めくれた親に感謝している」

という言葉は、卒業の頃になるとよく聞きます。


今の拒否を恐れていては、未来を逃します。

 

 

 

2018年もいよいよ終わります。

また1年が過ぎていきます。

 

我が子のことで悩み、ここをご覧になっている親御さん。

あなたは今年何か「決断」できましたか?

 

吉永くんのいた10年前と違い、今はとても就職しやすい時代です。

親の強い「決断」があれば、1年でかなり状況は動かせます。

 

1年後に全く違う気持ちで年の瀬を迎えられるか、何も変わらないままか。

それは親の「決断」と、そこから生まれる行動にかかっています。

 

「今年も何も進まなかった」と後悔しているのであれば、来年は少しでも早く行動してください。

何をしていいか分からないなら、まず相談していただければと思います。

 

2019年が問題解決の年となりますよう、お祈り申し上げます。



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